悦びと苦しみの混ざった呻きをあげるしか出来なかった私を尻目に、文字通り女の尻が私の顔の上に移動してきた。
首の上の重みが無くなり気管は広がったが、今度は呼吸をするための鼻と口が女の下半身で塞がれてしまったのだ。
柔らかく暖かい肉の壁が鼻を覆い、口は茂みの奥深くに包まれてしまった。
吐いた空気を吸おうとすると、空気の代わりに生暖かい肉のひだが鼻と口に侵入しようとしてくる。
鼻と口がひだと接するごくわずかな隙間から分け入ってくる申し訳程度の空気が今や私の呼吸の命の綱だった。
新鮮な空気を吸うため、少しでもその隙間を広げようと顔を上に向けたり左右に振り向けるのは逆効果だった。
顔の向きを変える度に私の後頭部はマットレスに深く押し付けられ、女の重心が鼻と口周辺に益々集中することになった。
その結果、隙間は広がるどころか更に厳しく私の呼吸を奪うように鼻と口を塞いでくるのだ。
それでも尚、ほとんど反射的に顔や口、手足をバタつかせていると、ほんの一瞬だけ女は腰を浮かせた。そのほんの一瞬だけが私に許された満足に呼吸できる時間だった。
その間にヒンヤリとした空気を吸い込むと、熱く火照った肉の壁が再び呼吸を奪うのだ。
私はそれを嫌い望んだ。
「あはは」
女が腰を浮かせると瞼を押さえつけていた圧力が緩み、霞んだ視界がその間だけ明るくなる。それと同時に聴覚もきちんと空気の振動で女の高笑いを私に届けてくれた。ほんの一瞬だけ。
次第に隙間から入り込む空気の量が少なくなってきていた。女の濡れ出した肉ひだと私の鼻と口が密着し、適度な湿り気を含んだ淫肉が鼻先と唇を秘部の奥深くへと誘いだしたのだ。
「舐めて」
何度目かの一瞬が過ぎたとき、はっきりとそう言う女の声を私の耳が聴いた。
顔を動かせず呼吸も満足に出来ない状況で舌を使うのは想像以上に難しい。舌を可動域いっぱいに動かすには口から最大限に突き出す必要があるし、そうなると舌の付け根である顎下の部分をどうしても動かさざるを得ない。同時に口を大きく開けながら舌を突き出す行為は口腔内に唾液が充満し、口呼吸をする空間が自動的に狭くなってしまう。
そのことを知ってか知らずか女は更に私に苦しい態勢を強いり、舌を酷使させられることで私の被虐感はより一層極まっていった。
「・・・入れるね」
私がそこに導き入れられたのが必然なのか偶然だったのかは今ではもう分からない。
ただこれだけは言える。
この世に生を受けた二つの生き物として、それは自然な営みだった。
求め求められ、与え与え合った。
つまり私はこの上なく締め上げられ、搾り取られ、文字通りの脱殻として意識と決別しながらこの朝を迎えたのだった。
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私はベッドを抜け出すとカーペットの上に脱ぎ散らかしたスゥエットを見つけ、まだ覚束ない足取りでそれらを身につけた。
喉の奥が酷く乾いているのに気づき、寝室のドアを開けてリビングへ出た時女の姿はなかった。
買い物にでも出掛けたのだろう。
主のいない間に悪いとは思いながらも、唾液が粘り着く喉の不快感に勝てず、冷蔵庫を開け牛乳の紙パックをコップに注いで飲み干した。 どこからともなく人の声がするのに気が付いたのは二杯目を飲んでいるときだった。
テレビがどこかで鳴っているのかとも思ったが、どうやらそれは女の声のようだ。
声のする方へ歩いていくと、次第にはっきり聞こえてきた。
「・・・いじょうぶ・・・」
「・・・ん・・・」
「・・んぱいいらないから・・・・・」
「・・・わかったから・」
「・・・・うん、じゃぁね・・・」
女が携帯電話を切るのと私と目が合うのはほとんど同時だった。
びっくりしたような表情を見せたがすぐ女のあの微笑みがあたりを支配した。
「おなかすいたでしょう?何かつくるね」
そう言いってすぐ横を通り過ぎながらキッチンへと戻っていく時も、女は私の尻を抓るのを忘れなかった。
「いたっ」
「あはは・・」
けらけらと笑いながら歩く女の後ろ姿を見ていると、誰と電話していたのか訊ねるのは管轄外のような気がしてきて、その件はそのまま私の意識からどこか遠くへ飛んでいった。
コーヒーとトースト、ハムエッグに簡単なサラダの遅い朝食を胃袋に収めると、私たちは外へ出た。
5月とはいえ、この土地の気候はまだ早春の装いを呈している。背の高い集合住宅が作り出す影に入り込むと、時折吹く風が一段と寒さを感じさせる。
昨日と違い、女は少し柔らかめのカジュアルな服を選んでいた。濃いブルーのニットワンピースが女をタイトに包みこんでいたが、羽織った薄手のスプリングコートだけでは寒そうに見える。
「花見はすんだ?」
市営のバスに乗り込み二人掛けのシートに並んで座った時、女が不意に問いかけた。
花見・・・
日々仕事に追われ、そういう季節の風物詩的な事柄とは無縁な生活を送ってきたことに、その時改めて気づかされた。
その年も花見らしい行事はしていないと応えた。
「あたしもまだなの。今から一緒に花見にいかない?」
はじめは女の真意が掴みかねた。今は5月だ。花見の時期はとうに過ぎてる。
だが、緯度が高いこの辺りでは桜の見ごろは4月の中旬からになるらしい。
公共交通を乗り継いである公園に案内された。江戸末期から明治黎明期にかけて、この地では最後の幕末の志士の血が流されたという。
今ではそんな史実を知らなければ、桜の名所の一つとしか見ることが出来ないくらい穏やかな公園になっていた。